2016年09月09日

できないことが多いという恩恵

 実は、普通の人が普通にできるようなことができません。



 たとえば…消費税の計算、3割引きの値段の計算、役所に提出する書類記入、何かの手続き、利子率の計算…などなど、主に金銭の計算とか事務系がとにかくダメなのです。
 書類も絶対間違えますし、自信満々で違うことを記入します。
 お使いで書類をどっかに持って行って手続きするのもダメです。大変なストレスを感じますし、挙動不審になります。
 保険に至ってはもう…パンフレットを見ただけで自分の電源をオフにしたいくらい無理なのです。



 そして、今までずっとこういった能力の低さが、自分にとってハンデだと思っており、随分ツライ思いをしてきました。
 ようするに、自分はバカだと思い知る機会には困らないのです。
 恥ずかしい思いや悔しい思いをするのがイヤだから、努力して苦手を克服したい!と頑張りましたものの、できるようにはならないのです。





 なぜか。





 それは、ハンデではなく恩恵だからではないか?と、最近思うようになってまいりました。



 もし、わたくしがそこそこ何でもできる人だったら、できない人の気持ちなど到底理解できないでしょう。
 他の人が苦もなくできることが、自分だけできないって、どういう気持ちなのかなんて、
そういう体験を通してでないと理解できないでしょう。



 そういう、何かの能力が圧倒的に低いという人物設定でないと理解できないことを理解できるという、
類まれなる体験をさせてもらってるのではないか、と思うようになりつつあります。
 程度にもよりますけど…



 はっきり言って、感情の面では辛いですし、悲しいですし、悔しいですし、申し訳ないですし、情けないですし、何度泣いたか分かりませんし、自分のことキライになりかけましたよ。。。



 でも、それでも卑屈になることなく、自分のことが好きで、穏やかでいられるとしたら、とてもステキなことではないでしょうか。



 できないことが多いから、きれいじゃないから、頭悪いから、役に立たないから…
だから自分には価値が無い、なんてことはないのです。多分。
 たとえ何もできなくても、ただ、穏やかに幸せに生きているだけで素晴らしい。



 そう思い始めております。












posted by 春雪 at 23:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。